入野谷草刈唄(伊那市長谷)
伊那市旧長谷村は南アルプスの麓の山里。城下町、高遠から三峰川沿いに山手に進んでいくと、かつて入野谷(いりのや)と呼ばれた地域があります。
旧秋葉街道市野瀬宿 |
唄の背景
野良作業では流行り唄を口ずさんだ!?
農家にとっては様々な作業がありました。特に、草刈りは大変重要な季節作業でした。農閑期には堆肥用の草や、牛馬の飼料用の草、冬季用に蓄えるための干し草にするなど、野良に出て草刈りに行きました。
草刈唄は草を刈る動作とともに歌われるよりも、その多くは、馬の背に草を積んで曳きながら歌う「馬子唄」のようなものや、作業の合間に一休みしながら歌われたものなどでした。
この入野谷の草刈唄はおそらく、仕事の合間に歌われたものと思われます。
仕事の休憩に歌った流行りの甚句
この唄は、7775調の甚句系統の詞型です。
〽︎土手の蛙(かわず)の 鳴くのが無理か
(コラドッコイショ)
水(=見ず)に会わずに エーヨーおらりょうか
上の句と下の句の間に「コラドッコイショ」のハヤシ詞が入り、そこから曲名として《どっこいしょ》とも呼ばれています。
また、下の句第3句と第4句の間に「エーヨー」のリフレインが入ります。
このような唄としては、諏訪地方から伊那地方に広く歌われている《糸引き唄》とか《糸繰り唄》と呼ばれるものがあります。
〽︎ハァーどうだ姉さん 糸目は出るか
(ハ ヨイソレ)
糸目どころか エーヨー 汗が出る
この唄は諏訪地域の盆踊り唄「エーヨー節」を製糸作業の折に、工女たちによって歌われたことで知られています。入野谷の草刈唄と比べてみると、「エーヨー」が入るところは共通していますが、冒頭に「ハァー」を歌わないこと、「ヨイソレ」といった特徴的なハヤシ詞がないことから、諏訪の「エーヨー節」とは趣きがちがうようです。
長野県でも各地で、下の句に「エーヨー」とか「イヨー」といったリフレインが入る甚句が多いので、広く流行った越後甚句のような唄が入野谷にも運ばれてきたのかも知れません。
いずれにしても、草刈作業の作業中に、一息つきながら、面白おかしく甚句を歌い、仕事の憂さを晴らしたものと思われます。