富県おけさ(伊那おけさ)(伊那市)
富県は伊那市東部、三峰川沿いの河岸段丘上に位置する眺めのいい場所です。ここに「おけさ」が残されています。

唄の背景
越後のおけさの移入

「おけさ」とは、いうまでもなく《佐渡おけさ》で知られる越後の踊り唄です。
そもそも「おけさ」という民謡は、九州は熊本・牛深港で歌い出された「ハイヤ節」であるといわれています。「ハイヤ節」は、帆船の船乗り衆によって牛深港から日本中の港町に流行しました。
これが新潟に伝わると、越後の「おけさ」という女性を歌った楽曲の歌詞を「ハイヤ節」の旋律に当てはめて歌わるようになり、これが「おけさ」となったといわれています。

伊那市富県の風景

〽︎おけさエー
 おけさ見るとて 葦で目をついた
 葦は生葦 サーマ 目にゃ毒だ


といったように歌われました。特に下の句第3句目の後に「サーマ」とか「ヤーレ」「ソーレ」といったリフレインが入ることと、冒頭の節を最高音で声を張り上げるように歌い出すことが特徴です。
こうした「おけさ」が、各地で流行を見せます。長野県内にもいくつか伝わっている地区があります。


といったように歌われました。特に下の句第3句目の後に「サーマ」とか「ヤーレ」「ソーレ」といったリフレインが入ることと、冒頭の節を最高音で声を張り上げるように歌い出すことが特徴です。
こうした「おけさ」が、各地で流行を見せます。長野県内にもいくつか伝わっている地区があります。


芸どころ富県に伝わったおけさ

富県は高烏谷山(1,331m)を仰ぎ見る土地で、縄文時代の遺跡があり、古くからの生活が営まれてきました。高遠城の戦いの折りには、織田信忠軍が陣を置いたという伝説の「富県一夜の城」がよく知られています。古くからの行事も残されてきました。そんな富県では、お祭りや祝宴などで《おけさ》が歌われてきました。これが近年になり《伊那おけさ》として歌い踊られています。
なお、「伊那」の文字を被せると伊那広域をイメージしますので、本LABOでは、地域を示せるよう《富県おけさ》とします。
《富県おけさ》次のような歌詞で歌われています。


〽︎おけさヤー
 おけさ踊るなら 板の間で踊れヨ
 (トソラソラソラソラ)
 板のヤー
 板の響きで ソーレヨ
 エー三味ゃいらぬヨ
 (トソラソラソラソラ)


基本的な歌詞は7775調の甚句調の詞型です。
歌い出しが第1句目の7音の3文字を歌ってヤーでつなぎ、あらためて第1句目を歌うパターンで、越後在来型の「おけさ」の特徴を残しています。
下の句も同様に、第3句目の7音の3文字を歌ってヤーでつなぎ、あらためて第3句目を歌いますが、この歌い方は上伊那郡宮田村の《宮田おけさ》と同じですが、この歌い方は他の「おけさ」にはあまり例がありません。最終句の前に「ソーレヨ エー」というリフレインが入りますが、これは越後の「おけさ」の特徴といえます


有料部分には《富県おけさ》(伊那おけさ)の楽譜が掲載されています