福岡県の民謡~黒田節
黒田藩の城下町福岡の酒席で愛唱されてきたのが《黒田節》です。お座敷唄としても知られていますが、もとは黒田藩士によって歌われた荘重なものです。

■曲の背景
雅楽の旋律を歌った筑前今様

《黒田節》のもとは、今様という歌謡形式で、歌詞は75調4連、48音からなります。


〽︎酒は飲め飲め 飲むならば
 日の本一の この槍を
 飲み取るほどに 飲むならば
 これぞ真の 黒田武士


もとは雅楽《越天楽》の旋律に75調の歌詞を当てはめた「今様」という形式の歌唱曲です。「今様」とは当世風、現代風の歌曲で、平安時代から鎌倉時代にかけて流行したものです。
特に《越天楽》の旋律に歌詞を作ったものは《越天楽今様》として知られ、小学校音楽科(6学年)の共通歌唱教材にも選定され、慈鎮和尚作歌とされる、下記の歌詞が知られています。


〽︎春の弥生の あけぼのに
 四方の山辺を 見渡せば
 花盛りかも 白雲の
 かからぬ峰こそ なかりけれ


がよく知られています。
こうして福岡藩では《筑前今様》として、歌い継がれるようになりました。


酒のコマーシャルソング?
歌詞は今様形式で、いろいろ作られたものが残されていますが、《黒田節》といえば上記の酒は飲め飲め 飲むならば が代表的なものとなっています。
この歌詞については、のちの福岡藩の初代藩主、黒田長政の家臣、母里太兵衛のエピソードが知られています。太兵衛は、福島正則のもとに新年祝賀の席に、長政の名代として訪ねます。酒豪として知られた太兵衛は、正則から酒を勧められるものの、主君の言いつけを守り、飲酒を固辞しました。すると、正則は「この大盃の酒を飲み干せば、何でも所望するものを褒美として与える」と強いたところ、太兵衛は何と大盃、三杯を飲み干してしまいます。そして、名槍「日本号」を所望したのです。この「日本号」とは、正則が小田原城攻めの折に手柄を立てたときに、豊臣秀吉から下賜された日本一の槍のことです。家宝の名槍の所望に慌てた正則ですが、お構いなしに太兵衛は槍を持ち帰ってしまいます。このことから日本一の名槍を飲み取ったという逸話として、黒田藩士の高井知定が、今様にまとめ、


〽︎酒は飲め飲め 飲み込みて
 日の本一の その槍を
 取り越すほどに 飲むなれば
 これぞ真の 黒田武士


としたそうです。その後、歌詞の差し替えもあって、現在の歌詞に整えられたそうです。そして、この歌詞から酒席では欠くことのできないものとして定着したようです。

筑前今様から黒田武士、そして黒田節へ
昭和3年(1928)11月、昭和天皇の即位の礼の折に、NHKラジオでは各地方局から郷土民謡が放送されることとなり、福岡県からは《筑前今様》が放送に乗せられます。この時、NHK福岡放送局の井上精三により、《筑前今様》の曲名を《黒田武士》としました。その後、三味線や尺八を入れたり、オーケストラ伴奏を編曲したりして、次第に広まっていきました。
レコード化は、福岡県出身の赤坂小梅(明治39年(1906)-平成4年(1992))で、昭和17年(1942)にコロムビアレコードから《黒田武士》の曲名で吹き込みました。やがて、戦後となり昭和23年(1948)の吹込みのときに、《黒田武士》をより民謡らしい曲名とするために《黒田節》とされ、以後この曲名で定着しました。
■音楽的な特徴
曲の分類

酒盛り唄
お座敷唄


演奏スタイル

三味線(二上り調子)
 ※尺八、筝等を入れる場合もあります。


拍子
2拍子


音組織/音域
都節音階/1オクターブと6度



曲の構造/特徴
① 唄は独唱、唄バヤシ等はありません。
② 伴奏は三味線、尺八等が使われています。地元では《筑前今様》として、尺八、筝伴奏で歌われることもあるようです。
③ 《筑前今様》の速度はかなり遅く、現行の雅楽を思わせるようなテンポでしたが、赤坂小梅の録音の頃からやや速めに歌われました。それにしても、荘重な雰囲気で歌われています。
④ 1連の歌詞を一息で歌うには息継ぎが難しく、第1句のあとに、8分休符程度のブレスをして続けていく歌い方がよく知られています。


■評価例
[知識・技能]

① 《黒田節》が4連の詞型等の今様形式であること、律音階から変化した都節音階であることを理解している。
[思考・判断・表現]
① 《黒田武士》の音階(律音階から変化した都節音階)を聴き取り、それらのもつ雰囲気を感じ取りながら、曲全体を味わっている。
[主体的に学習に取り組む態度]
① 《黒田節》が福岡藩士により重々しく歌われてきたことや、伴奏(三味線、尺八、オーケストラ等)の工夫や速度の工夫があったことに興味をもち、音楽活動を楽しみながら主体的・協働的に学習に取り組もうとしている。


有料部分には《黒田節》の歌詞、楽譜等が掲載されています